パルムのような心

フリーのシンガーソングライターで活動しています。好きなことをやってなりたい自分になることが夢です。

自己紹介*18~19歳、地獄だったホテル勤務*③

 前回の続きです。

shiho-s78.hatenablog.com

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予約課の研修が終わり、元の接客スタッフの部署に戻りました。10月くらいだったと思います。そのころからバイキングの運営方法ががらりと変わり、責任者も変わりました。バイキングがオープンしている最中はスタッフ皆インカムを装着し、責任者の指示が伝わりやすいようになりました。

 

ただ予約課を終えた時点で精神的に参っていた私は、元に戻っても立て直すことが出来ず、運営方法が変わったことで覚えることも増え、ますます仕事が出来なくなりました。あるとき接客中に、インカムを通して責任者から罵倒され、周りの従業員も聞こえているので恥ずかしさや情けなさが入り混じり、そのあと先輩からも裏で直接言われました。

 

間違ったことを注意されたり、正しいことを教えてくれるのではなく、浴びせられるのはいつも攻撃の言葉と目線と態度。入社してからずっと。それを肌で感じていたので、心が限界に達してしまい、私は会場がクローズになったあとその場から逃げ、寮に戻ってただ泣いていました。もう何がどうなっても良かったです。あとで怒られるとか、また周りの態度がとか、どうでも良かった。ただ、その場から逃げたかったから、逃げました。

 

あとで仕事を終えた一番仲の良い同期が連絡をくれ、ひたすら私の話を聞いてくれました。彼女とはお互いの思っていることや不満をいつも話していて、話すたびに救われていました。彼女がいなかったら、私は生きていけなかったと思います。

 

ずっと立ちっぱなし歩きっぱなしの仕事で、且つストレスもかなりあったので、いくら食べても食べても、痩せていきました。宴会の時は着物を着るんですが、出勤前に帯をきつく締めても、動いてるとどんどん下がってくるという。。

 

毎日のように、死にたい、消えたい。私がここにいる意味は何だろう。生きている意味ってなんだろう。何でここで働いているんだろう。何のために、誰のためにここにいるんだろう。私は、誰なんだろう。私が私で居られる場所がないんだったら、いっそ殺してほしい。

そんなことばかり思っていました。

 

だったら辞めればいいのに。

と思うんですが、当時の私に"辞める"という決断は出来ませんでした。せっかく頑張って入った会社。親や親戚も喜んでくれて、応援してくれている。

 

"逃げたら負け"

という認識だったので、どうしても辞められませんでした。あと病院に行くという考えは全く頭にありませんでした。追い込まれて視野が完全に狭くなっていましたし、自分で自分を縛り付けていたと思います。

 

仕事を放棄して飛び出した日以降の数か月は、心を無にして働いていました。感情がなかったというより、感情をなくさないと、やっていけなかったです。

 

 

そして2月。私はあるお客様と出会いました。

次回に続きます。