パルムのような心

フリーのシンガーソングライターで活動しています。好きなことをやってなりたい自分になることが夢です。

自己紹介*15~17歳、青春だった高校生活*④

 前回の続きです。

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3年生になって、彼氏が出来ました。相手は卒業した一つ上の先輩で既に地元で働いていました。

きっかけは、先輩がまだ在学中に私が一目惚れをしたからです笑 またまた見た目がタイプで、卒業されてから友達の彼氏を通して連絡先を交換しました。

 

ちゃんとデートをし、向こうから告白されました。私は奇跡だと思いました。一目ぼれをした当時は"憧れの先輩"だったのに、その人が私に告白をしてくれたという事実。現実に起こっている出来事だったんですが、その瞬間は信じられなかったです。

付き合ってからは毎日連絡を取り合ってましたし、デートもしました。

 

「あぁ、なんか、ちゃんと付き合ってる感じがする」

 

と、思いました笑

 

がしかし、約1年付き合って、振られました。はい。

原因は、「志保から俺への好きっていう気持ちが伝わってこなかった」と。

そう言われたときは、その言葉の意味に対してではなく、振られたことへのショックでとにかく、「別れたくない」ということを伝えました。

ですが先輩はもう別れる意志が固まっていたようで、もう私への気持ちがないことは態度や雰囲気で分かりました。もう受け入れるしかない状況だったので、受け入れました。

これは高校卒業後に気付いたことなんですが、先輩から言われたことはたしかにその通りだったんですよね。冷静になって考えたら、たしかに"先輩自身"を好きではなかったんだと思います。冷たい女です。。

 

"私のことをあの"憧れの先輩"が好いてくれている"

 

その状況に甘えていたんだと気づきました。

愛をもらってばかりで、私は何もしなかったんです。冷たい女です。。

冬の終わりとほぼ同時に、私の恋も終わりを迎えました。

 

そして3年生は、進路を決めなければならないという大切な時期でもあります。

私の学校は総合学科で、1年生は全教科共通ですが2年生からは必修科目と自分で選んだコースの授業を受けることが出来ます。

実は1年生の時、私はなんとなく進学したいなあと思っていたので進学のコースを選んでいたのですが、3年生になっても"これがやりたい!"という明確な目標がありませんでした。ピアノを習っていたから音大とか、音楽が好きだからとりあえず音楽の専門学校,

という道も浮かんだんですが、母親に「はっきりやりたいことがないならお金は出せない、だったら早く社会に出て働いた方がいい」と言われ、確かにその通りだなと思い、、私は"就職"という道を選びました。その時は本当に納得していて、"歌をやりたい"、"歌で成功する"という道があまりに夢物語に思えていて、気持ちが心の奥底にあるままで意識的に動く気持ちにはなりませんでした。とにかく現実をみよう、という感じです。

 

当時、「就職氷河期」と言われるほど求人が少なく、県内の求人では水産会社や旅館業が目立ちました。生まれも育ちも宮城県の私は、

 

「県外で働くなんてありえない!私はずっと宮城にいる!」と思っており笑 謎の頑固な部分がまた出ました。

今東京で生活しているのに、当時は東京で就職なんて、考えられなかったです。

高校受験で一度失敗していることもあり、就職氷河期でも絶対一回で受かって見せる!という目標があったので、就職活動は頑張りました。

就職場所に選んだのは、宮城県松島町にある某ホテルです。接客に興味があったのと、ホテルというキラキラした場所で働いてみたいという憧れが動機です。実家からは離れ寮生活にはなりますが、宮城県内ですし帰ろうと思えば帰れる距離だったので、躊躇はしませんでした。

それから面接練習や、筆記試験もあるので高校で習った授業の復習をしたりする日々。

 

その甲斐があり、応募倍率は約4倍でしたが、受かることが出来ました。

頑張ってよかった、、と本当に思いました。

 

 

高校生活の話、もう少し続きます。