パルムのような心

フリーのシンガーソングライターで活動しています。好きなことをやってなりたい自分になることが夢です。

女性の集まりに自分がいる違和感

 

先日、新しい職場で"ランチ会"が開催されました。

 

人数は私を含め6人。全員女性でほぼ同年代。

交流を深めよう!というのが目的とのことでした。

私の心情の割合は、恐怖と楽しみが6:4。

 

なぜ恐怖が勝っているのか。

それは性格に問題がありまして、、元々群れるのが嫌いで友達も少なく、女性特有のきゃっきゃ感(偏見)に慣れておらず、今でも女友達と会う時は1対1がほとんど。1対1の方が喋れるのです。

 

今までの職場もランチ会や飲み会はなかった訳ではないですが、男性がいましたし、女性だけでしかも同年代の方達と交流をするなんて初めてでした。

テレビドラマや漫画や映画の中でしかそういった光景は見たことがなく、自分が同じシチュエーションの中にいることが想像できずどういう会話が繰り広げられるのか等、不安や恐怖が大きかったのです。

 

まず仕事中ではないので相手の新しい面が見れたという点で、AさんとBさんがバッグから煙草を取り出した時。

 

(吸わなさそうなのに、吸うんかい。。)

 

いや、吸うことに関しては別に問題ないんですよ。ただ何というか、吸わなさそうな人が喫煙者だと知ったときのあの軽いショック。まあこの気持ちに関しては今まで何度も経験してますが、やはり慣れない。自分が非喫煙者だからなのでしょうか?

 

食事中も、ただでさえ複数人でいると話せなくなる私なので当然の如く何も話せず。勿論話しかけられたら答えますが、自分から話題を振るなんてことは出来ませんでした。。話すスピード感も掴めず、話題は主に仕事のことでしたが、大げさにも思える周りの相槌についていくのが精一杯でした。

 

途中本気で、(何が面白くてみんなこんなに笑ってるんだろう...)と思いつつ、割と顔に出やすいので、笑った顔も引きつっていたかもしれないという不安を残しながら、1時間のランチ会を終えました。

 

たった1時間、されど1時間。

1時間業務をするより疲れたような気がします笑

今後も定期的にランチ会はするようなので、恐怖の割合が増える可能性大です!!

 

今まで"そういう世界"を見ていた側だったので、参加したことで勉強になりました。

何事も経験です。。

選択した道を正解にするしかない

掛け持ち問題に終止符をということで、11/20付けでコールセンターを辞めることにしました。

ただ有給を消化するので、実質最終出勤日は10/31です。

 

上司に相談して退職が決まった後は心がとても軽くなりました。

出勤前の憂鬱さからも解放され、残りの出勤日数が決まっているので"あと〇日行けば辞められる"、と今は上向きの気持ちでいます。

 

11/21からはもう一つの職場一本でしばらくは働くことになりますが、私の目標は好きなことを仕事にすることなので、そのための活動は変わらず続けていきたいと思います。

 

この判断がどう響くのかは全く分からず、また別の問題で躓く可能性もあるわけで。躓いてしまったときにまた乗り越えなければいけないという不安や恐怖はあります。でも何が起きたとしてもどんな形になったとしても、結局自分の選んだこと。それを自分の力で正解に導かなければ選択したことを認めることが出来ないと、私は思います。

 

勤続することは自分の為にならないという意志が固まった上での決断。心に波があるので、ある時は大丈夫だと思っても、本当にダメだと思った時があるのも事実。きっとダメだと思った時の気持ちが本心であり根底にあることなので、私は自分の選択を後悔したりしません。

 

 

出勤残日数はあと12日。

やることはちゃんとやって、気分良く終われるように頑張ります!

燃え殻『ボクたちはみんな大人になれなかった』

TwitterのTLで話題になっていて気になっていた、燃え殻さん()の『ボクたちはみんな大人になれなかった』を読みました。

 

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ボクたちはみんな大人になれなかった

ボクたちはみんな大人になれなかった

 

 

序盤で書かれている"自分より好きになった人"というフレーズにハッとしました。

 

どんな関係であれ、決められた時間の中で物語が完結するのはドラマで、現実は時間も決められてなければさっきまで隣にいた人が突然いなくなることもあります。

人生の中でそんなことが何度も繰り返されている中での、一部分を切り取ったような内容でした。

 

人の数だけ見てる景色や、時間の進み方、取り巻く空気がありますが、それって全部事実としてあるだけで。好きな人といるだけで曇り空でも心は晴れたり、時間の進み方は平等なのにとてつもなく早く感じたり。

一緒にいる人によって目の前の事実はどうにでも変えられるのだと思いました。

 

この小説は夜から明け方に都会の独特な静けさの中で、好きな人と特別に盛り上がるでもなく、冷めている訳でもなく、平常の気持ちで深く愛し合う男女の姿がありました。

 

"自分より好きになった人"なんて、私にはいません。

そんな人がいるだけで、何かのきっかけで輝いた思い出として蘇るんだろうな。

少しだけ、主人公が羨ましいです。

先週末も十分飲みました

 

ビールは先週末も美味しかった。

ただそれだけ。

 

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ハムの盛り合わせも美味しかった。

ただそれだけ。

 

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美味しいのは良いんですが、その代償として太るのが問題でして。。

夜は涼しくなったので、平日はウォーキングを再開しました。

 

あと日曜は永遠に生ビールを飲んでいたら案の定二日酔いになり、夜まで吐き気が続いていました。タイミングを見てカシスオレンジあたりに切り替えるべきでした。時すでに遅しでした。大反省しました。

出来ることにフォーカスする

先日良い記事を見つけたので共有です。

kokoo.jp

 

誰かと一緒にいれば、少なからず無意識に比較をしてしまいます。

私も"出来ないこと"をはっきりさせて、出来ないことはしないと決めたのですが、誰かと一緒にいるときに、自分の不得意なこと、もはや出来ないと確信していること、ないものを持っていること等々を見つけてしまうと、自分に自信がなくなって「私なんか....」となってしまいます。何の関わりもない他人ならそんな風に思うことはありませんが、友達、恋人、仕事仲間など近い関わりの人といるとそんな風に思ってしまうのです。

 

でも↑の記事を読んで、見方を変えるとこれって自分勝手な感情なんだなと思いました。

 

例えばの話ですが、私は料理が出来ます。でも私は自分より料理が上手い人なんてたっくさんいることを分かっています。なので料理が上手い人を見ると、羨ましいな、凄いなと思い自分を"下"に見てしまう。

 

でも料理が上手い人がいれば、料理が全く出来ない人もいる。その人たちから見れば、上手くはないけど料理が出来る私のことを"凄い"と思うのではないかと。

 

優れているかどうかではなく、それが"出来る"自分を認める。

 

そう捉え方を変えることによって、完全ではなくても自分を認めることが出来ました。

 

相手が褒めてくれるようなことがあれば、素直に受けとって自信に変えること。

日々心掛けようと思います。

最近食べたもの

 

とりあえずクラフトビール

 

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ただ美味しい。

他に言葉は要らない。

 

 

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多分7年ぶりくらいのポムの樹でオムライス。

大好きなエビとアボカド。

米を食べると太りやすいので普段控えているんですが、どうしても食べたくて2週間ぶりに食べました。満足。再び米禁へw

はあちゅう『とにかくウツなOLの、人生を変える1か月』

Twitterをフォローしている、はあちゅうさん()の、

 

『とにかくウツなOLの、人生を変える1か月』

 

を読みました。

 

※ネタバレありです。

 

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ブロガーであり作家でもあるはあちゅうさんはSNSで綴られる言葉も直球なので、「めっちゃ納得できるし共感するわ~」というものと「う~ん、これは違うと思うなあ」という極端な気持ちになることが多いです。

 

極端だからこそ共感に傾いたときの影響力というのが私にとっては大きくて、はあちゅうさんの言葉には力を貰っています。

この本はフィクションの小説なんですが、メンタルジムに通い始めたことをきっかけに、主人公の奈緒が変わっていく様子を書いています。

 

"特に不自由ない生活をしていることを自覚しているのに、なんとなくつまらない。そんな自分の人生を変えたい"。

"なんとなく"思っている事は実は自分の中ではすごく大きなことで、気にかけて、心を掘って、実際どうすれば良いのかを考えて、行動に移さなければ現状は変わらないということ。

 

欲しいワンピースがあれば、いくらお金が必要なのか。

今より少し痩せたいなら、何キロ痩せたいのか具体的な数字を出す。

時間に余裕が欲しいなら、1日24時間なのを変えることはできないから、時間を作るしかありません。

 

ちょっとしたことでも人それぞれ欲求があって、現状に100%満足して生きている人なんて、きっといないはず。でもそのちょっとした欲求を満たすため、欲しいものを手に入れるためには具体的に何をすべきなのか、どんな行動を取るべきなのか。そのことを考えなければ一生現状を変えることは出来ないし、自分も変わらない

 

でもきっと、何も考えず、行動をしない方が楽なんですよね...。自分の理想に近づくために自分を変えるのはとても勇気がいることで、幸せになる覚悟を持つということなのだと思います。

 

物事の尺度というのは誰かが決めるものではなくて、自分自身で測るもの。身の回りに起きている事やあるものというのは、ただの事実でしかありません。

それを自分なりにどう捉え、取り入れ、変化させていくかが、人生を変える分かれ道になっているのだと思いました。